【現地視察レポート】ムルソー大好きエリックが活躍! 今やブルゴーニュのトップドメーヌに。"ヴァンサン ジラルダン"(経営企画室 藤野晃治)
ヴァンサンの時代(1982~2011)から、エリックの時代(2007~)へ
1993年訪問時の写真:ヴァンサン ジラルダン。
2024年のフランス現地視察を、稲葉のスタッフがレポートする本企画ですが、今年も継続してまいります。なにとぞよろしくお願い申し上げます。さて、サントネのジュスタン ジラルダンの元を訪問した後、一同はムルソーのヴァンサン ジラルダンに向かいました。輸入開始から30年以上が経ちますが、大きく変化したドメーヌでもあります。今回はまず、生産者の歴史について改めてご紹介したいと思います。
皆様は、ヴァンサン ジラルダンについてどのようなイメージをお持ちでしょうか? 昔からご存知の方は、「ネゴシアン」という印象をお持ちかもしれません。また、エシェゾーやロマネ サン ヴィヴァン、シャンベルタンといったコート ド ニュイのグラン クリュからも素晴らしい赤ワインを生産していたことを、覚えていらっしゃる方もいるのではないでしょうか。
ヴァンサン ジラルダンの歴史は、ヴァンサンが1982年に、父から相続した2haの葡萄畑を元手にドメーヌを設立したことに始まります。今でこそ当たり前になりましたが、「ネゴシアン ヴィニフィカトゥール」(ワインではなく葡萄の状態で買い上げて、自ら醸造するネゴシアン)の先駆者としても名を知られています。当時は赤ワインに力を入れていましたが、1990年にムルソーのレ ナルヴォーを取得してから白ワイン造りにも目覚めました。ヴァンサンは、素晴らしいワインを造り続け、飛ぶ鳥を落とす勢いで知名度を上げていきました。かの有名なロバート パーカーが絶賛したことでも知られています。
「私はこれほど手頃な価格で、幅広く傑出したワインを届けることの出来るブルゴーニュの生産者やネゴシアンをほかに知らない。ジラルダンはまた、ジュヴレ=シャンベルタンのベルナール・デュガと同じように、自分のワインの品質をさらによくするために熱心に働いている。しかも、ジラルダンと妻のヴェロニクは非常に若いので、私たちは、このドメーヌとネゴシアンがつくり出す崇高なワインを、あと何年にもわたって楽しみにすることができる。もし読者がブルゴーニュの赤を愛するのであれば、のんびりと歩いている場合ではない。走ってワイン商のもとに駆けつけ、この目のくらむばかりのワインを購入しよう」
2002年訪問時の写真:エリック ジェルマン(左/現在の醸造責任者)とヴァンサン(右)、ヴァンサンの妻ヴェロニク(中央)。
さて、そんなヴァンサンの活躍を支え続けたもう一人の主役をご紹介します。ムルソーのアンリ ジェルマン エ フィスを実家に持つ、ムルソー出身、ムルソー大好きな醸造家「エリック ジェルマン」です。エリックは醸造学校を卒業した後、「バーガンディア醸造研究所(Burgundia Oenologie Laboratory)」で醸造コンサルタントとして勤務を開始します。その当時、幸運にもギリシャ出身のキリアコス キニゴプロス(Kyriakos Kynigopoulos)の教えを受け、ダヴィド デュバンやジョルジュ ル―ミエなどの著名な生産者のもとで、3年間で40回以上の醸造経験を積むことができました。ちょうどその時代に、ヴァンサン ジラルダンにも醸造コンサルタントとして参加しています。
一方、ヴァンサンはビジネスの成功に伴い、自分一人でドメーヌを切り盛りすることが難しくなっていました。そこで、エリックをドメーヌに勧誘することにしたのです。2002年、エリックは正式にヴァンサン ジラルダンに加入し、ヴァンサンの右腕として働き始めました。エリックは、ムルソー出身のムルソー大好きな人物です。彼の影響があったのかどうかは定かではありませんが、同年、ヴァンサン ジラルダンはサントネを離れ、ムルソーに移転しました。
その当時、ロバート パーカーを始めとする評論家から絶賛されていたヴァンサンのワインは、「濃厚で、はちきれんばかりの果実味がある」スタイルでした。しかし、エリックはこのスタイルを大きく変更する必要があると感じていました。2004年頃からその方法を模索し始め、ついに2007年に新しいスタイルが完成しました。それが、今のドメーヌ ヴァンサン ジラルダンを象徴する「ピュアでエレガント」なスタイルでした。エリック時代の幕開けともいえる大きな変化ですが、この数年後に、もっと大きな事件が起きるとは誰も思っていませんでした。
ヴァンサンが引退し、自社畑がほぼゼロに!
2012年訪問時の写真:マルコ(左/輸出責任者)とエリック(右)。
2012年、設立から30年を迎えたドメーヌ ヴァンサン ジラルダンに、重大な事件が起こりました。ワイナリーを立ち上げたヴァンサンその人が、体調の不良と後継者の不在からドメーヌを手放してしまったのです。ヴァンサンはかねてより、「偉大なものを作りたければ畑仕事から」と話していました。ヴァンサンには2人の息子たちがいましたが、「会社の経営を引き継ぎたい意志はあるが、畑仕事をしたがっていなかった」ため、苦渋の決断を下したのです。同時に自社畑の多くを売却したため、ワイナリーに残されたのは最新の醸造設備と、ほんのわずかな自社畑と、「ヴァンサン ジラルダン」という名前だけでした。
しかし幸いにも、新たなオーナーはドメーヌを買い取っただけで、ドメーヌの運営体制はそのまま維持する形をとりました。それだけではなく、エリックを畑や醸造に関わる全てのテクニカルな部分でトップとして就任させたのです。また、輸出部長もマルコ カスケーラが変わらずに担うことになり、実質的な体制には差しさわりがありませんでした。唯一、困ったことがありました。そしてそれは、ワイン造りに置いて極めて重要なことでした。「ワインは畑から」。そう、畑がなければ、葡萄がなければどうしようもありません。契約農家の畑はありましたが、自社畑はほとんどゼロになっていました。
エリックは、これまでのように高品質なワインを安定して造るために、自分たちで管理する畑を増やすことを考えました。そこで新たに、契約農家から葡萄を買い取るだけでなく、契約農家の畑を自分たちで管理して葡萄を買い取る部門を立ち上げ、自社栽培の畑を得ることができました。自社で管理する畑については、オーガニックまたはビオディナミ栽培を採用しています。また、2014年には、ムルソーのシャルム、レ ナルヴォー、スー ラ ヴェル、ポマールのレ ヴォーミュリアンと村名区画、ヴォルネイの村名区画、AOCブルゴーニュの白の畑の一部を、合計で4haほど購入することができました。
2024年訪問時の写真:エリックは2012年の絶望的な状況から、今日の成功を築き上げた。
2024年の訪問時、エリックは「今朝、ちょうど畑を購入する契約を結んだところだよ。コルトン シャルルマーニュ0.5ha を含む6ha で、残りはペルナン ヴェルジュレスのピノ ノワールとシャルドネ、そしてサヴィニー レ ボーヌだ。自社畑は今後も増やしたいと思っているよ」と話してくれました。こうしてエリック主導の新生ヴァンサン ジラルダンは、10年の時を経て、約36haの自社畑を要するドメーヌとしても見事復活を遂げました。そしてもちろん、ネゴシアンワインメーカーの先駆者としても、これまでと同様にワイン造りを行っています。
名だたるトップ ドメーヌと肩を並べる生産者に
エリック主導の新生ヴァンサン ジラルダンは、今やブルゴーニュを代表するトップ ドメーヌのひとつといっても過言ではないほどにその評価を高めています。『ワイン アドヴォケイト』のMontrachet Grand CruとBâtard Montrachet Grand Cruの2つのワインの、2017VT~2021VTについて、下の表にまとめてみました。点数の優劣ではなく、ヴァンサン ジラルダンがどんな生産者に近い評価を得ているのかをぜひお確かめください。
新生ヴァンサン ジラルダンを評価しているのは、『ワイン アドヴォケイト』だけではありません。
★『ワイン&スピリッツ』で2019年の「トップ100ワイナリーズ」に選出!
★『ベタンヌ+ドゥソーヴ』2019年版で4星に昇格! (2025年版でも維持)
★『ル ギド デ メイユール ヴァン ド フランス』2021年版で2星に昇格!(2025年版でも維持)
★『ラ ルヴュ デュ ヴァン ド フランス』で2023年の「ネゴシアン オブ ザ イヤー」を受賞!
『ヴィノス』のニール マーティンは2020VTを総評して「ジラルダンはネゴシアンだと誤解されることが多いが、実際には30ヘクタールを超えるブドウ畑を所有しており、近年積み重ねてきたビオディナミで栽培されている。ここでは白と赤の両方の品質に感銘を受けた」と書いています。また、『ワイン アドヴォケイト』のウィリアム ケリーは、2020年2月の記事で「現在、非常に確かで高品質なブルゴーニュの白ワインを造るようになっており、この造り手を”商業的”だからと避けることは完全に間違っている」と指摘します。
このような評価を獲得しているのは、エリック時代になってから。実はエリックは、次のような変化をドメーヌにもたらし、実践を続けています。このことも、近年の高評価に一役買っているといえるでしょう。
・自社畑は100%ビオディナミ栽培
・契約畑もほとんど自社で栽培し、殺虫剤や除草剤を使用しない
・すべてのワインは、テロワールを表現するために野生酵母で発酵
・新樽比率を抑え、樽熟成期間を長くとる
「2022VTは、とても美しい、クラシックなブルゴーニュらしいヴィンテージ」
ACブルゴーニュは未定だが、今後は蝋封に変更していく予定。ワインのクオリティだけではなく、パッケージにもこだわっている。
さて、ヴァンサン ジラルダンの過去と現在について長々と書いてきましたが、ようやく現地視察の訪問レポートに入ります。2024年の訪問ではワイナリーや畑の見学はせず、最新ヴィンテージの試飲を中心に行いました。まずは2022VTについて、エリックの言葉をご紹介します。
「2022VTは、とても美しい、クラシックなブルゴーニュらしいヴィンテージとなった。アメージングなヴィンテージという風にはあまり言いたくはないのだが、2010VTのように偉大なヴィンテージと言えるだろう。赤も白も典型的なブルゴーニュワインで、ピュアでエレガント、エネルギーがあり、クリーミーだが酸とミネラルが感じていただけると思う。骨格があり複雑だが、甘みがあって、すごく良く熟成すると思う。色合いも濃すぎない。また、自社畑が増えており、すごく良い葡萄が入手できていることも品質向上の理由といえる。9月の1週目に収穫を開始し、約2週間で終えた。一部の白からスタートし、次に赤、最後にまた白を収穫した」
ヴァンサン ジラルダンの村名ムルソーといえば「レ ナルヴォー」。斜面上部の区画から造るワインで、2022VTはまさしく絶品!
エリックの言葉通り、ヴァンサン ジラルダンの2022VTは本当に素晴らしいクオリティです。スタンダードクラスから既に完璧な味わいで、もはやこれ以上の試飲は必要ないのではと思わされるほど。酸、果実味、ミネラルのバランスが美しく、どのワインにもテロワールの特徴が反映されていて、感動を覚えるほどでした。個人的なお気に入りは、エリックが愛してやまないムルソーの「レ ナルヴォー」。背筋が伸びるような、凛とした味わいの素晴らしいワインです。
さて、新体制となって10年以上が経ったヴァンサン ジラルダンですが、会社をこのまま継続していくために、エリックの息子がドメーヌに参加することになったそうです。エリックは1973年生まれの51歳。まだまだ現役で活躍するつもりですが、「私の仕事を引き継ぐには、最低でも10年は必要だからね。私たちの哲学、会社を継続することが重要なんだ」と話します。さらっと言っていましたが、引き継ぐのに10年が必要とは、まるで職人の世界ではないでしょうか。高い評価の裏側には、想像も及ばないような努力が隠れているのだと、改めて気づかされるひとことでした。
エリックが主導となり、生まれ変わったヴァンサン ジラルダン。今やブルゴーニュのトップ ドメーヌに並ぶほどとなりました。しかし訪問してみれば、エリックが目指しているのはその地位を守ることではなく、常に前を見て困難に立ち向かいながら成長を続けていくことだと分かります。昨今のブルゴーニュの価格高騰の波は、ヴァンサン ジラルダンにも押し寄せています。エリック主導の新生ヴァンサン ジラルダンのワインは、決して安くはありませんが、それでも本当に素晴らしいものだと自信を持ってお伝えいたします。
株式会社稲葉 経営企画室 藤野 晃治
★次回は、シャブリの生産者、「ドメーヌ コロンビエ」をご紹介します。
ヴァンサン ジラルダンのワイン一覧
※種類が多いので、こちらよりご覧ください。
➡「ヴァンサン ジラルダン」について、もっと知りたい方はこちら!